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2022.10.16

【数量限定入荷/そごう広島店】artek|606サイドテーブル パイミオ

フィンランド南西部の森の中に佇む「パイミオ サナトリウム」は、アルヴァ・アアルトとアイノ・アアルトが手掛けた結核患者の療養所です。建築や内装の色使い、特別に開発された家具にいたるまで、患者の心と身体を癒す工夫が凝らされています。パイミオのサナトリウムは、最も純粋な機能主義の結晶といえます。1932年、アイノ・アアルトはパイミオサナトリウムのロビー用に「606 サイドテーブル」をデザインしました。アルテックは、606サイドテーブルの90周年を記念して、4つの特別版「606 サイドテーブル パイミオ」を発売しました。病室や天井のカラーであるミント、階段の金属製手すりに沿って着色されたライトグレーを施し、ライトグレーの天板、木目を活かしたハニーとウォルナットの天板を合わせた4色展開です。

 

SLAP MOBLER そごう広島店には、4色展開のうちこちらの2色が入荷。数量限定のため、ご興味のある方はお早めにお問い合わせください。

ライトグレー×ミント / ハニー×ライトグレー

素材:天板 バーチ材合板、フレーム スチール

 

フィンランド南西部、パイミオ市の森の中にあるパイミオサナトリウム

アルテック製品の一部には、現代でもパイミオサナトリウムにちなんだカラーが使われています。

 

特典 | 606サイドテーブルパイミオやパイミオ関連商品をお求めいただいた方へ先着でポストカードセットをプレゼントいたします。無くなり次第終了となります。予めご了承ください。

 

 

アルヴァ・アアルト【北欧の賢人】

最も影響力を持った20世紀の建築家の一人であり、建築評論家のジーグフリート・ギーディオンが「北欧の賢人」と例えたアルヴァ・アアルト(1898-1976)は、フィンランドのクオルタネに生まれました。生涯、アアルトは200を超える建物を設計し、そのどれもが有機的なフォルム、素材、そして光の組み合わせが絶妙な名作として知られています。建築は家具と補完し合うものと考えていたアルヴァ・アアルトは、自身が設計した建築に合わせておのずと家具のデザインも手掛けることになります。1931 – 32 年、パイミオのサナトリウムのために開発した最初の家具デザインは世界的な注目を集め、1935年、アルヴァ・アアルトとアイノ・アアルトがデザインする家具、照明器具、テキスタイルを世界的に販売することを目的にアルテックを創業しました。アルヴァ・アアルトが生み出した有機的なフォルムは、のちの建築家の手本となり、彼のデザインした家具やガラスアイテムは北欧デザインが世界に広まる上で大きな役割を果たしました。建築家としてだけではなく、プロダクトデザイナーとしても高い評価を得たアアルトのプロダクトは、合理性を考えたパーツのスタンダード化、新しい曲げ木の技法の開発など、量産を念頭に置いた先進的な考えが取り込まれていました。

 

アイノ・アアルト【先鋭的な思想家】

建築家でありデザイナー、アイノ・アアルト(1894-1949)は、1884年にヘルシンキで生まれました。1920年にヘルシンキ工科大学を卒業した後、当時ヘルシンキの建築界で名門と謳われていたオイヴァ・カッリオの事務所に勤めます。1923年より建築家としてアルヴァ・アアルトの建築事務所に勤め、それから長い年月、彼とともに同事務所を率いながら、アルテックの創業と発展に主導的な役割を果たしました。彼らの関わった多くの建築やプロダクトは、歴史の流れの中で、アルヴァ・アアルトの作品として名を成しましたが、アイノ・アアルトが1949年に早すぎる死を迎えるまで、アルヴァ・アアルトとアイノ・アアルトはあくまで対等な立場として、パイミオのサナトリウム、サヴォイレストラン、マイレア邸や、アルテックストアなど、数々のプロジェクトに携わり、アイノ・アアルトが内装デザインを担当しました。1935年、アルテックが創業し、初代アートディレクターに、1941年からは社長に就任します。アイノ・アアルトは、アルヴァ・アアルトと同様に、稀に見る優れた建築家でありデザイナーでした。そしてモダニズムの思想を広め、世界を変えたいという強い想いを持ち続けた先鋭的な思想家でもあったのです。

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